2021.11.23
住宅リースバックがにわかに活気づいている訳
新型コロナウイルス感染症の流行が続き、収入減などで生活資金の確保に悩む人が今後、増える懸念が高まっている。そうした状況下で、自宅を売却してそのまま賃貸として住み続ける「リースバック」事業に参入する不動産会社が相次いでいる。
5月からケイアイスター不動産(本社・埼玉県本庄市)が、不動産担保ローンのセゾンファンデックス(本社・東京都豊島区)と提携して参入。今月からは、埼玉県エリアを中心に住宅分譲などを展開するポラスグループでも自社施工物件を対象に事業を開始した。
2013年からリースバック事業を展開する不動産流通フランチャイズチェーン(FC)のハウスドゥは、この分野の草分け的存在だが、2020年6月期第3四半期(1~3月)も反響数6000件弱、契約数176件で過去最高を記録。3年前に参入した中古マンション買い取り再販のインテリックスでも、センチュリー21などの不動産流通FCと連携して買い取り件数を増やしており、保有件数は今年2月末で前期末比約4割増の358件となった。
ケイアイスター不動産が参入したのは、同じ不動産流通FCのハウスドゥやセンチュリー21がリースバックで集客力を高め、FC加盟店獲得につなげているのに対抗するため。10年後に1000店舗獲得を目指して取り組みを強化していく考えだ。
国土交通省でも、2020年度から住宅局でリースバックの調査研究事業を開始し、それに基づいて不動産会社のほか弁護士や消費者団体を加えたラウンドテーブルを設置。ガイドライン策定など市場環境の整備に乗り出す。はたしてリースバックは、住宅・宅地資産を有効利用する新たな不動産商品として普及・拡大するのか。
リバースモーゲージは普及進まず
昨年6月、金融庁の審議会報告書案『高齢社会における資産形成・管理』が公表され、いわゆる「2000万円不足問題」がクローズアップされた。総務省が5年ごとに実施する全国消費実態調査(2014年)によると、家計資産に占める住宅・宅地資産の割合は66.6%を占めており、以前から住宅・宅地資産をいかに有効活用するかは課題となっていた。
日本では、1981年から東京・武蔵野市が自宅を担保に生活資金を融資する「リバースモーゲージ」の提供を開始。その後、民間金融機関からもリバースモーゲージを商品化したが、トップシェアの東京スター銀行でも、2005年からの累計利用件数が1万2000件にとどまっており、普及が進んでいない。
「本来、自宅を担保に生活資金を提供するのは金融機関がやるべきことで、不動産会社の仕事ではない。しかし、困っているお客さんがあまりに多いので取り組むことにした」。ハウスドゥの冨永正英常務取締役は、ハウスリースバック事業を始めたきっかけをそう話す。
リースバックの手法は不動産業界では以前から利用されてきた。1991年のバブル経済崩壊後に欧米から不動産証券化の手法が導入され、資金繰りに困った企業が含み益のある本社ビルなどの不動産を投資家に売却して資金を調達、そのまま賃貸ビルとして借りるという方法である。1997年のゼネコン危機では、大成建設が本社を置く東京・西新宿の新宿センタービルの持ち分を売却、現在も賃貸のまま利用している。
その手法を個人住宅にも適用し、自宅を売却した後も住み続けることが可能な商品として事業化。病気や高齢者施設への入居などで、まとまった資金が必要な高齢者を中心に利用者を増やしてきた。リバースモーゲージのように申し込み時点で55歳以上といった年齢制限はかかっていないが、利用者の7割は高齢者で、残りは2006年の貸金業法の規制強化で資金繰りに困った個人事業主が多いという。
入居者がいつ退去するかわからないリスク
スター・マイカは、賃貸で運用中のマンションを投資家などから買い取り、入居者が退去した後、リノベーション(大規模修繕)して売却するビジネスモデルで、買い取り時の価格競争を回避する戦略を取っている。顧客からの要望で以前からリースバックにも対応しているが、「自宅の場合、いつ入居者が退去するかがわからないのでリスクが大きい。買い取り物件全体の3~4%程度にとどめている」(財務担当役員)と一定の歯止めをかけて運用している。
一方、インテリックスでは、リースバックを中長期視点で有効な仕入れルートと位置づけて「あんばい(安住売却)」の商品名で事業をスタート。不動産流通フランチャイズチェーン事業でハウスドゥと競合関係にあるセンチュリー21と組んで仕入れを積極的に増やしている。
【2020年6月5日15時10分追記】初出時、インテリックスの上記商品名について誤りがありましたので修正しました。
「リースバックは資金力のない中小業者では事業を拡大するのは難しく、賃貸で運用中に高齢入居者が死亡するなどのリスクがあるので大手は手を出しにくい」(能城浩一執行役員リースバック事業部長)と分析。賃貸で運用した後は、マンションだけでなく戸建ても含めて自社で売却して収益化を目指す。
しかし、入居者がいつまでも退去しなければ物件を売却して収益化することはできない。金融機関がリバースモーゲージを積極的に拡大できない理由も、「長生きリスク」「不動産価格変動リスク」「金利変動リスク」の3大リスクがあるからだ。
インテリックスではリースバック利用者とは2年間の定期借家契約を結ぶが、「何回でも契約更新は可能」なので長生きリスクが生じる可能性はある。これまでは保有件数が300件台、保有総額57億円で運用できているので、市場売却以外の出口戦略は考えていないというが、先行するハウスドゥは出口戦略の多角化を進めている。
「リースバック利用者には、(期間を限定する)定期借家契約では不安という方も多いので、普通借家契約に切り替えることにした。昨年9月に東京スター銀行とも提携したリバースモーゲージ保証事業などの金融事業も伸ばしていく」
ハウスドゥの安藤正弘社長は今年2月の2020年6月期中間決算説明会でそう表明した。
ハウスドゥでは、2013年からリースバック件数を順調に積み上げてきたが、保有総額が100億円に迫ったタイミングから、不動産ファンドへの物件売却などに取り組んできた。今年3月末の保有物件は330件、保有総額も53億円とピークの半分程度に抑えている。
その一方で積極的に増やしているのがリバースモーゲージ保証などの金融事業だ。常務取締役の冨永氏が「一般消費者への資金提供は不動産会社の仕事ではない」と言うように、本来なら金融機関のリバースモーゲージが利用できれば問題ないのだが、金融機関にとっては不動産価格変動リスクへの対応が難しい。
リバースモーゲージを伸ばすうえでの壁
筆者が1年ほど前に東京スター銀行を取材したときも「リバースモーゲージを伸ばすうえで、最も困っているのが不動産担保評価。住宅金融支援機構の住宅融資保険が利用できるのなら、もっと取り扱いを増やせるのだが……」(ローン推進幹部)との悩みを聞いていた。
ハウスドゥのリバースモーゲージ保証は、不動産会社のノウハウを生かして不動産価格変動リスクを担保する保証を提供する。2017年の大阪信用金庫をはじめ信金を中心とした12金融機関と提携し、トップシェアの東京スター銀行もハウスドゥの保証を利用することにしたわけだ。
ちなみに住宅金融支援機構の住宅融資保険は、1955年に成立した住宅融資保険法に基づいて金融機関が提供する住宅ローンが不測の事態で事故になった場合、担保物件売却後の未回収元金を保険でカバーする制度だ。
同機構では2009年からリバースモーゲージの仕組みをまねて、高齢者向けに融資期間中は金利だけを返済して最後に元金を一括返済する住宅ローン「リ・バース60」を商品化。2017年からは住宅融資保険制度を適用して自宅を売却して債務が残った場合でも返済が免除されるノンリコース型の提供を始めて、一気に融資件数を増やしている。
この住宅融資保険をリバースモーゲージにも適用できないかどうかを住宅金融支援機構に確認したが、「法律では資金使途が住宅に限定されており、一般的な生活資金を提供するリバースモーゲージなどには適用できない」と回答。資金使途の拡大の可能性についても「もともとの法律の趣旨が、住宅の建設等に必要な資金の融通を円滑にするのが目的であり、資金使途を広げるのは難しいのではないか」との見解だった。
リースバック保証協会が始動
今年1月、一般社団法人リースバック保証協会が設立された。国土交通省が2020年度予算にリースバックの調査研究事業を盛り込むことになり、住宅局住宅政策課からヒアリングを受けたハウスドゥが国への要望を取りまとめる業界団体が必要と判断して準備した。代表理事にはハウスドゥの冨永氏が就任したが、まだ本格的な協会活動は始まっていない。
国交省では現在、調査研究事業の委託先を選定中で、リースバック市場の状況把握もこれから着手する段階だ。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行で、生活資金に困窮した高齢者を中心に、今後はリースバックの利用が拡大することも見込まれる。
これまでにリースバックの利用件数も多くはないので、何らかのトラブルが発生したといった話は聞こえていないが、リースバックの賃貸借契約はほとんどが2~3年の定期借家契約となっている。賃貸契約更新は何度でも可能で、自宅の買い戻しもできるというが、契約更新時に条件見直しなどがどのように行われるのかといった問題もある。
リースバックの買い取り条件も、ハウスドゥでは現時点での市場価格の7割を基準にしているが、これも事業者ごとに確認する必要があるだろう。
一方、事業者にとっては、今後、急速に高齢化・人口減少が進むなかで、リースバックやリバースモーゲージの需要が拡大すれば、不動産価格変動リスクの増大にどう対応するかが重要な課題になるだろう。65年前に国が住宅ローンの元金回収を保証するために住宅融資保険法を制定したように、個別の事業者だけでカバーするのは難しいのではないか。
ハウスドゥが業界団体名をリースバック保証協会としたのも、業界全体で不動産価格変動リスクを保証する仕組みをつくりたいとの思惑があるのかもしれない。住宅金融支援機構のリ・バース60も、ノンリコース型を投入したとたんに利用件数が増えたように、住宅・宅地資産を有効利用するための政策も必要だろう。
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引用元 東洋経済オンライン https://toyokeizai.net/articles/-/354406